かきかけ日記

たべもの、お話、インタビュー。 たまにヘタクソな絵も描きます

秋風と朝帰り 【毎日に疲れたOLの恋愛模様】

ひんやりとした風が薄手のTシャツを揺らす。すぐ隣で突然鳴き始めた踏切警報機が、今にもふわりと飛んでいきそうな私の意識を現実に引き留めた。カンカンカン…規則正しいその音が、静けさに慣れた耳の中で嫌に響いた。

 

道の先に、黒い学ランを着た青年が自転車に乗ってこちらに向かってくるのが見える。高校生くらいだろうか。

すれ違うとき、青年の学ランから、独特な木材の匂いが微かに薫った。今朝方、大急ぎでタンスから出してきたのだろう。

少しだけ白くなった息を吐きながら額にはじんわり汗をかいたその青年を横目に、私はなんだかいたずらをした子どものような気持ちになった。

 

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「さむ…っ…」

身震いと共に目覚めた私は、隣でまだ夢の中にいる男が奪った私のタオルケットを半ば乱暴に手繰り寄せて、すっぽりと包まる。

彼の体温を帯びたそれは昨夜のことを思い出させ、にやけそうになるのをこらえながら、締め切ったカーテンから顔だけ出して外を見た。

朝の光が寝起きの目に沁みたが、ガラス越しにも伝わる冷気に再び身震いをした。

昨日までの暖かさは、私が浮かれていただけだとでもいいたげに、街はしゃんとした顔で秋風をまとっている。

「もう行くの…?」

後ろからくぐもった声が聞こえる。まだ枕に顔をうずめたまま、半分夢の中のこいつは私の…いや「私の」というには遠い、でも心の隙間を埋めてくれる唯一の人、だった。昨日までは。

きっと目が覚めるころには忘れているだろうけど、軽く「うん」とだけ返事をして私は帰り支度をする。

まだTシャツが心地よかった季節に、彼のやさしさに甘えてしまった私。お互い恋人がいるわけでもないけれど、ちゃんとした言葉を伝えないまま、ただ確かに感じる肌のぬくもりを分け合っていた。

こんな関係がいつまで続くのか、きっといつまでも続くのではないだろうかと思っていたのだけれど。

昨日の夜、彼は私に好きだと言った。

顔を見られたくなかったのか強く抱きしめられた胸で鳴り響く鼓動が、何よりも彼が本気であることを物語っていた。

 

私は幸せだったのだ。

 

社会人2年目。就職活動が冬まで食い込み諦めかけていたところを救ってくれた会社で、落ちこぼれでもないけれど大した成績も残さずコピーアンドペーストしたような毎日。私の代わりなんていくらでもいると自覚し、そんな自分が嫌で情けなくて。それでも幸せだったのだと、耳元で響くどくん、どくんという音に包まれながら噛み締めた。

 

支度を始めてほどなく、規則正しい寝息が聞こえてくる。次に目を覚ますのはきっとお昼過ぎだろう。今度は会社になんて言い訳をするつもりなのか。彼は職場で、多少ズル休みしても許してもらえる空気を手に入れているらしい。人たらしが為せる業だ。

 

そっと、彼の髪に触れてみる。少し硬いその髪は、寝相の悪さによって右に左に踊っている。撫でて平らにしても、ぴょんと跳ね返ってくる寝ぐせは、彼の無邪気さに少し似ていて、私の胸のあたりをくすぐった。

 

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駅のホームでベンチに座りながら、通り過ぎていく人々に目を向ける。

ベージュのコート、黒いジャケット、茶色いカーディガン。皆がそろえたかのように一気に落ち着いたトーンになった人混みの中で、私の真っ白なTシャツだけが浮かれていた。

次の電車に乗り、家に帰ってもう一度外へ出かけるとき、私もこの人混みの色に染まるのだろう。

なんだかそれがもったいなくて、Tシャツの首元とキュッと握った。

電車到着のアナウンスがホーム内に響く。

このままずっと、ここにいたい。

子どもじみた願いで馬鹿馬鹿しい。けれど、自分にもまだこんな気持ちがあったことを、ただ素直に嬉しいと思った。

 

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追記

このお話は、吉澤嘉代子さんの「残ってる」という曲からイメージをもらい書いてみたお話です。

毎日にどこか無気力で、けれどもそんな中で幸せを見つけたとき、その感覚をずっと噛み締めていたい。大人になっても譲りたくないまっすぐな気持ちというのを、このOLさんのお話で表現してみたつもりです。